KADOKAWAマンガアカデミーでは、業界で話題の方やプロの現場の第一線で活躍する方を招いて定期的に特別講義を実施しています。
今回は井上伸一郎アカデミー長が登壇し、マンガやライトノベルを学ぶ生徒たちに向けて、「マンガの歴史・現在・未来」と題した講義を行っていただきました。
井上アカデミー長は「プロとして活動していく中で、編集者や他のクリエイターなど、多くの人とのコミュニケーションが必要となります。皆さんが社会に出た直後は、その多くは年上の方々です。先輩方と接するときに、過去の歴史や、昔の作品を知っておくことで『こんなことも知っているんだね』と感心されたり、会話がしやすくなったりします。」と語ります。
「そのことを頭に入れておくだけでも役に立ちます」と学生たちに伝え、本題へと入っていきます。
◆日本のマンガの歴史の解説へ
日本のマンガ文化の原型は、12世紀の絵巻物『鳥獣戯画』にさかのぼることができると言われており、アニメ監督の高畑勲さんもそのことを述べています。
江戸時代の「草双紙」は現代の雑誌や単行本にあたり、「浮世絵」には美人画や風俗画などがありましたが、こうしたものは現代のマンガやイラストに通じています。浮世絵画家の葛飾北斎作『北斎漫画』にみられるように「漫画」という言葉も使われています。
西洋にも伝わった浮世絵は、フランスの画家・モネなどに影響を与えており、ヨーロッパではコレクターが実際に収集していたそうです。
「どのように西洋に浮世絵が伝わったかをご存じですか?」と井上アカデミー長が投げかけると、ある学生からは「陶磁器を運搬する際の緩衝材」との声が上がりました。まさに正答です。
明治時代以降は1コマ・4コママンガや風刺マンガが新聞や雑誌に掲載されます。戦時中には犬が軍人になり出世していくストーリーを描いた『のらくろ』のように、漫画が戦意高揚に利用された例もありました。しかしながら、太平洋戦争開戦間近になると、この作品は軍を揶揄しているとのことで、連載が打ち切りになったそうです。
◆戦後から現代までのマンガ史
戦後になると、漫画に革命が起こります。1947年に手塚治虫が刊行した『新寳島』では映画的な表現が取り入れられ、漫画家を目指す多くの若者に刺激を与えました。豊島区の「トキワ荘」では手塚治虫や寺田ヒロオ、藤子・F・不二雄、石ノ森章太郎らが暮らし、ここから才能あるマンガ家たちがクラスタ的に生まれ、日本にマンガが広まっていきます。
1959年に創刊された『週刊少年サンデー』や『週刊少年マガジン』はテレビ文化と結びつき、創刊号では野球や相撲などのスポーツ選手が表紙を飾りました。これは1953年にテレビ放送が開始され、スポーツ中継がテレビの主力コンテンツとして人気を博したことと関係しています。
1960年の『快傑ハリマオ』[3.1]はテレビドラマと、石森章太郎によるマンガ版が同時にスタートし、本格的なメディアミックス化の先駆的な事例となります。1963年には『鉄腕アトム』『鉄人28号』『8マン』がアニメ化され、マンガとアニメの双方が相乗作用で伸びていくようになります。
1970年代にはマンガ家がテレビ番組のキーマンとなり、有名マンガ家のネームバリューを使って企画を通す時代へと移ります。『デビルマン』『仮面ライダー』『宇宙戦艦ヤマト』がこの時代の作品です。
「週刊少年ジャンプ」掲載のマンガは1970年代にはアニメ化作品が少なかったのですが、1981年に『Dr.スランプ アラレちゃん』 がアニメ化され、人気をえました。マンガをアニメ化することで原作との違いに否定的な意見も生まれましたが、マンガの発行部数も増えるという相乗効果が証明されました。
週刊少年ジャンプ作品は1983年の『キャプテン翼』『キン肉マン』『ストップ!! ひばりくん!』、1984年には 『北斗の拳』『ドラゴンボール』などがアニメ化され、その後も毎年人気漫画のテレビアニメ化が続きます。アニメ化により作品認知が広がり、週刊少年ジャンプの部数は跳ね上がりました。
1990年代以降は大手マンガ出版社以外からも漫画のヒット作が生まれるようになります。1991年には『月刊少年ガンガン』、1994年には『月刊少年エース』『月刊マンガボーイズ』『少年王』 などが創刊しました。その中でも井上アカデミー長が創刊編集長として携わった『月刊少年エース』は、積極的にアニメとのメディアミックスを仕掛けて成功しました。
◆マンガ市場の規模と現在の状況
日本の出版物の市場規模は、1991年のバブル崩壊からタイムラグがあり、雑誌・書籍の売り上げのピークは1996年です。2010年代から現在までは 電子書籍の成長がマンガ市場を支えています。
2025年のマンガ市場は6,925億円で、うち電子コミックは5,273億円。コミック市場の76.1%を占めるようになりました。最近では電子書籍の伸びが鈍化していることや、紙の雑誌や単行本の売り上げ減少、資材高騰などの構造的な問題がクローズアップされています。
今後はコミックス単行本も1,000円台となることが予想されます。そのため、これからはファン層をしっかり掴んだ作品が強いだろう、と語ります。
最近では電子化により『北斗の拳』『らんま½』『うる星やつら』『サイボーグ009』といった過去のヒット作も手軽に読めるようになりました。過去作のアニメ化が相次いでいるのも、こうした状況の影響があるのかもしれません。異世界作品やエロス作品(BL・TL)などは堅調ではあるものの、作品ジャンルの分母が大きくなりすぎて、大ヒット作を生み出す難しさもある、といいます。
かつては少年・少女という性別による区分がありましたが、電子書籍で人目を気にせず購入できるようになり、近年では男性マンガも女性読者が読めるような作りに変化しています。
そして最後に学生からの質疑応答へ。
◆学生からの質疑応答
――編集者として働きたいが、これからもマンガ業界で必要な人材は?
「編集者には決まった形がなく、100人いれば100通りの方法論があります。目標とする先輩編集者を見つけてノウハウを吸収していくと良いと思います。『編集者はマンガ家と同じ目線でものを見てはダメ。漫画家と同じ部屋でものを見るのではなく、部屋を抜けて屋根の上に立って、遠くのものや周りのものを見なさい』とアドバイスされた名編集者もおられるので、マンガ家に良いヒントを与えてあげられる存在となることがよいでしょう。」
――学生のうちにやっておいたほうがよいことは?
「なるべく今の時点で、過去の名作や傑作を観たほうが良いと思います。名作や傑作にはいいヒントがいっぱい詰まっていますから。過去の作品は時間に余裕がある学生のときにしか見られないものです。仕事をし始めてしまうと、新しいものがどんどん出てくるので、それを追いかけることで精一杯になってしまいます。」
――トキワ荘のような「才能のクラスタ」はどんなふうにできていくと思いますか?
「周りにすごい才能の持ち主がいたら、なるべく一緒にいればいいと思います。パラダイムが変わる瞬間に一緒にいることが大事だと感じます。私の場合は、周りにクリエイターとしてすごい人がいた中で、自分が唯一勝てる道があるとしたら編集者だと思いこの道に進みました。一緒に過ごすことでなにかしら突破口が見つけられると思うので、なるべく才能がある人間を見つけて一緒に成長すればよいと思います。そうなると自然にクラスタが生まれます。」
このように井上伸一郎アカデミー長のお話は約1時間半にわたりました。「アニメの歴史・現在・未来」についてお話する中で「過去の事実には因果があり、結果だけでなく、その原因も知ることによって、未来がどうなるかを考えやすくなる」ということを伝えてくださいました。ありがとうございました。