「メリット・デメリットで、ものを考えない。プロセスを経た先にしか、達成感はない」――演出家・宮地昌幸さんによる特別ゼミ

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『交響詩篇エウレカセブン』『亡念のザムド』『王様ランキング』――数々の話題作を手がけてきたアニメーション演出家・宮地昌幸氏が、KADOKAWAアニメ・声優アカデミー東京校の教壇に立ちました。演出を学ぶ「アニメ演出特別講座」として毎年実施しているゼミの第1回目となります。冒頭、宮地講師が最初に手に取ったのは、メンバーが事前に書いた一枚のアンケートでした。

1. アンケートは「創作物」

「アンケートだと思わないでください。これは“創作物”だと思って。自分を表現するんだぞ、くらいの気持ちで書いてもらえると嬉しいです」
面白い回答を出した学生には、その人に向けて講義をするようになっていく――。受け身で座って話を聞くだけなら、来る意味は薄いと言い切りました。そう前置きし、学生が知りたいことにも耳を傾けながら、本講座の輪郭を語り始めました。

「この講座は、2Dのセルアニメーションの制作工程を、演出家の立場で頭から最後まで追っていきます。なぜ演出かというと、演出は最初から最後まで、全部に付き合う仕事だからです」
制作の全工程を追えるのは、制作進行・プロデューサー・制作デスク・演出家だけだと宮地講師は言います。2Dセルアニメの制作工程は、そもそも集団で作ることを前提としています。だからこそ、演出志望に限らず、制作進行やプロデューサーを目指す学生も「アニメ演出特別講座」の受講対象としています。一方で、釘も刺します。
宮地講師「アニメが嫌いな人っていないでしょう。でも、職業に就ける人は限られています。素振りもキャッチボールもせず『野球選手になりたい』とは言わないのに、原画もレイアウトも区別がつかないのに『アニメの仕事に就きたい』とは言えてしまう。仕事にすることとファンであることは全く違うんです」
そして、意識してほしい心構えがあると続けます。
宮地講師「『コスパ』を求めないでほしいです。アニメ制作の過程には根気がいります。また、『メリット・デメリット』でものを考えないでください。一見デメリットに思えるもの、それは実は“プロセス(過程)”なんです。そのプロセスを経ないと、本当の実感も、達成も、手に入らないんです」

2. 演出家とは、料理人である

では、「演出家」とは具体的にどのような仕事を担う人なのかーー。宮地講師は、「演出処理と絵コンテを合わせたもの」だと定義します。そこにさらに作家性が加われば、監督になります。

「絵コンテとは、絵のコマです。同じフレームの中で何を伝えるか、そのレイアウトがとても大事。レイアウトへの理解がなければ、いい絵コンテは作れません」
メンバーから「演出家の仕事とは、料理人のようなものですか」と問われ、こう答えました。
「そう、ある種、コックです。絵コンテはレシピ。どこに塩を、どこに砂糖を入れるか、その配合がわかっていなければ書けません。また、全体を俯瞰で見る才能も求められます。そういう引き出しを、演出処理からしっかり学んでほしいんです」
この比喩を、宮地講師は制作の座組みにそのまま重ねます。いつまでに、どれくらい“おいしい”ものを作るか、その目標を決めるのはプロデューサー。「材料と調理時間」、つまり予算とスケジュールを預かるのが制作。「調理の手順と、目指すべきおいしさ」を設計するのが演出家です。そして「味や食感、温度」というシズル感を生むのが、アニメーター、仕上げ、撮影。

では、その演出家にはどうすればなれるのか?代表的には、制作進行や、アニメーターから転じる人が多いといいます。
「アニメ業界で、絵が描けて損をすることはありません。ラフが描けないと、表現の核には踏み込めません。自分で描けなくても、絵を理解する力は絶対に必要です」
ここで宮地講師は、よく混同されるイラストレーター、漫画家、そしてアニメーターの三つの職業を切り分けて説明しました。「アニメーターの面白さは、人が描いた絵を“動かす”ことにあります。実は、いちばん絵が上手くなければいけないのがアニメーターなんです。キャラクターが360度どこを向いても、破綻なく描けないといけない。描けない角度がある、では困ります」

3. 世界を見る眼を、どう鍛えるか?

技術以上に、宮地講師が演出家に求めるものがあります。それは、世界を見る視点、観察力、そしてその人ならではの眼差しだといいます。
「新聞を読んでください。ニュースを見てください。環境のことも、戦争のことも全部です。たとえば『国宝』は、なぜこの時代に当たったのでしょうか?ただ知るだけでなく、一歩踏み込んで考えてほしいんです」
クリエイターの出発点は、日常の模写にあり、眼差しは、意識して研ぎ澄ますものーー。その訓練として宮地講師が推奨するのが、日記を書くことだといいます。
「客観性が生まれるし、言語化の訓練にもなります」
そしてもう一つは、「本を読むこと」。自分が何を好きなのか、その傾向を客観的に把握しておくこと。そこから、おのずと個性は立ち上がってくるという考えです。宮地講師の助言は、「自分の眼で、視点で世界を捉え直せ」という一点に要約できる内容でした。

4. 才能は、自分で能動的に育てていくもの

AIをはじめ、新しい技術は次々に現れています。それでも、と宮地講師は続けます。「AIが描いたもののデッサンが狂っているかをチェックするのは人間です。普遍的な目線は、絶対に自分が持っていないといけない。才能は誰かが育ててくれるものではありません。自分の中の才能を引き出し、種に水をやっているか、日の当たる場所へ自分から動いているでしょうか?孤独になって、自分が何に共感したのか、何をやってみたいのかをちゃんと見つめないといけない」
業界に入った瞬間、上手い人間は山ほどいて、クラスで一番絵が上手かったと思っていた子が、軒並み泣き入る世界だといいます。それでも、と宮地講師は続ける。「そうやって凹みながら、どんどん上手くなっていくんです」

5. 作品からにじむ「アンビバレントな感情」とは?

宮地講師には、いまでも定点的に見返す作品があるといいます。授業では、その2作品のアニメーション作品を流しました。宮崎駿監督『未来少年コナン』と、高畑勲監督『母をたずねて三千里』です。

「コナンは、フレームの外から風が吹いているのがよくわかる。翼の上を走るとき、普通のアニメは『風がないこと』にしてキャラクターを走らせてしまう。でも宮崎さんは、それを信じていない。高ければ高いほど風は感じるはずだ、怖いはずだ、と考えていました」
『三千里』で宮地講師が挙げたのは、主人公マルコとコック長の別れの場面でした。コック長は、マルコの顔を見ずに「クビだ、早く出て行け」と冷たく突き放しますが、本心ではないことが仕草や声から読み取れます。この相反する感情を、宮地講師は「アンビバレント」と呼ぶ。そのうえで、複数のメンバーが書いた「感情を効果的に伝えたい」という事前アンケートの要望に、こう応じました。
「感情って、そんなに伝わるものですかね?僕は未だに上手く伝えられないです。好かれたいから『嫌いだ』と言ってしまう、それが人間でしょう。伝わりやすい感情って、どこか単純化されて、矮小化されていませんか?」

6. 現在地を知るために、歴史を学ぶ

将来どこへ向かうかを思い悩む前に、まず現在地を知る。そう言って、宮地講師はアニメーションの歴史を解説しました。リュミエール兄弟が撮った列車や工場の映像に観客が驚いた時代から数えて、映画は1995年に、アニメーションは2006年に、それぞれ100年の節目を迎えました。
日本のアニメーションは、大正期の『なまくら刀』『猿蟹合戦』といった、紙芝居に近い短編から幕を開けました。1943年には政岡憲三が『くもとちゅうりっぷ』で表現を一段引き上げ、その弟子・瀬尾光世が、戦時下の1945年に、日本初の長編『桃太郎 海の神兵』を世に送り出しました。日本のアニメ制作は、軍のプロパガンダから出発し、戦後はGHQの管理下で技術を磨いていった経緯があります。手塚治虫氏が映画館でこの作品を観て「これが作れるのなら、戦争が終わるまで生き延びてやる」と思ったという逸話も紹介。宮地講師は、アニメという表現そのものの危うさにも注意を促します。

「アニメは柔らかい表現で、相手にスコーンと入ってしまう。だからこそ怖い。駄菓子に毒を混ぜるようなこともできてしまうんです。作る側こそ、その危うさを意識しないといけない」
戦後、アニメは文化映画やCMなどの短編として生き延びました。1956年、政岡らの流れをくむスタジオを母体に、東映動画が設立されます。「東洋のディズニー」を掲げ、社員としてアニメーターを育てたこの会社からは、のちの宮崎駿や高畑勲、そして細田守へと連なる才能を輩出。当初、長編アニメは実写映画に添えられる“刺身のツマ”のような存在だったといいます。それがやがて主役の座を奪い、アニメは市民権を、そして主導権を握っていきました。その後、大人向けの深夜アニメが始まり、製作委員会方式が定着します。衛星放送による多チャンネル化は、いまの配信ビジネスの先駆けでもありました。“失われた30年”と呼ばれる低成長期にあっても、アニメは成長を止めることはありませんでした。2001年公開の『千と千尋の神隠し』はアカデミー賞を受賞し、日本のアニメを世界のアニメへと押し上げる快挙を成し遂げます。『カウボーイビバップ』のようにテレビシリーズが劇場級のクオリティを獲得する流れも生まれ、やがて人気作品は、“永久コンテンツ”という性質を帯びていくことになります。

「寅さんがシリーズを続けられないのは、なぜでしょう?それは渥美清さんが人間だからです。でも『ドラえもん』は、藤子先生が亡くなっても死なない。永久に制作が可能なんです」
『テニスの王子様』に始まる2.5次元という演劇との融合、聖地巡礼を通じた地方振興、データ転送を生かした地方スタジオの登場と、アニメの裾野は広がり続けています。
今回は、制作工程の解説に入る前の、クリエイターとしての“構え”や覚悟を問う時間となりました。

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【PROFILE】

宮地昌幸(みやじ・まさゆき) アニメーション監督・演出家。スタジオジブリ出身。1998年『ホーホケキョ となりの山田くん』(制作進行)、2001年『千と千尋の神隠し』(監督助手)を経て独立。2005〜2006年『交響詩篇エウレカセブン』(絵コンテ・演出ほか)に参加し、2008年『亡念のザムド』で初監督を務めた。2012年の劇場作品『伏 鉄砲娘の捕物帳』で劇場初監督。その後も『進撃の巨人』シリーズ(2013年〜、絵コンテ)などに携わり、2022年公開の劇場作品『鹿の王 ユナと約束の旅』では共同監督を担当した。

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